2010年01月22日

同じに見えても違うのさ! Part.I

長年いろんな物をですね、色々と集めて行くとですね、なぜか同じものが複数あったりするんですよね・・・・好きだから二つ買ってしまったり、小心者なので一つはスペアとして押さえておいたり、はたまたありがたく神様のような方から「もういらないからコレあげる!」と頂戴したりしまして、気がつくと部屋の中に同じものが二つどころか四つも五つも・・・なんて事があり、いかんなく世捨て人振りを発揮する今日この頃のWildmanなのであります。

しかしですね、コレクターとしてはこだわって二つ同じものを意図的に揃えるという活動もしているのです。35年前にミニカーを集め始めた頃は、色違いやホイール違いに気付き「こりゃ、大変な世界にはまっちまったぜ」と思ってましたがその世界はさらに深くなり、内装色違いやベースプレート(裏板)の型の違い、さらに同じモデルでも製造国の違いがあったりと、それはそれは恐ろしい世界なのでした。

ミニカーのバリエーションなんてあまりにも膨大な数になり、全部を追っていたら8億6千万円あっても足りそうにないので、私は「限定品」のように意図的に作られたバリエーションは無視して、製造過程の都合などで偶然生まれた物をちょびちょびと追っている次第です。「この色がなくなったから、明日はあの色で塗っちゃえ」とか「この部品がなくなったから、来週は余ってるあっちの部品を付けちゃえ」みたいな感じで偶然出来たバリエーションが好きなのです。

この英国はDinky Toys社製の’60 El Caminoは同じボディカラーですが、内装色が赤とブルーの違いがあります。
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こんなのは50年近く前にDinkyの工場のラインで何となく作られてしまったに決まってます。「もう赤が飽きたから今週からブルーにしてみよっか」程度のノリで作られ、50年経ったら結果的にブルーの方が数が少ないという現象になったのです。

同じく英国製のLone Starというブランドのトヨタ2000GTですが、オレンジとブルーのシート色があります。
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こちらも、1970年のとある日、3時の工場のティータイムの後、「もうオレンジのシートはつまんないからさ、ブルーにしようぜ」と誰かが言ってそうなったに決まってます・・・・・

こちらのイタリアはMercury社製の60年代Fiat Abarthはパッと見全く同じに見えます。
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しかし変態の目で見るとある違いが見えてきます。おちょぼ口のように可愛いフロントグリルを覗いてみるとあら不思議、こっちのは縦に模様が入ってて、こっちのはツルンと何もないじゃありませんか!?
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きっと1967年のとある日Mercuryの工場で「このミニカーよく売れるから、もう1個金型作ろうぜ!」と作ったら、長いバカンスの後だったので縦模様を入れるのを忘れてしまったのです、そうに決まってます。縦模様の方はついこの前の1979年に横浜で入手しましたが、1992年にツルンの方を都内のミニカー屋さんで発見した時は興奮して知恵熱が出てしまいました・・・

さらに1970年代イタリアはWegatoys製の1/12スケールの巨大なランボルギーニ・ミウラは全く同じに見えます。
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でもこれには決定的な違いがあるのです。
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何が違うって?聞いてびっくり、左のは電池によるモーター走行が楽しめるモデルですが(ライトもピカピカ点くよ)右のは何とラジオだったのです・・・・ダイヤルが付いてるからスピード調整のスイッチかと思ってたらミウラの形をしたラジオでした。きっと1972年のとある日、Wegatoysの工場で、セリエAの実況中継が聞きたくなり、ラジオのミウラも作ってしまったのです・・・・そうに決まってます。

またもやイタリアはPolitoys製のランボルギーニ・ウラッコとデ・トマソ・パンテーラなのですが、散々イタリアで金型を酷使された後、海を越えて金型はメキシコにたどり着きました。そしてお疲れになっているにもかかわらず、もうひと儲けという事でライセンス生産にてマクレガーというブランドで現地生産されました。左の画像、オレンジとブルーのが本家イタリア製で、右の白いの2台がメキシコ野郎になります。国境を越えた義兄弟なのであります。
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そして我が日本では伝説のミニカーブランド「大盛屋」がついこの前の昭和40年にあえなく倒産してしまいました。しかしその金型を引き継ぎ、米澤玩具が「ダイヤペット」ブランドにて何点かの大盛屋モデルを再生産しました。というかその時点でまだ新金型のミニカーが出来てないので、「手っ取り早くある物で作っちまえ」というノリで作ってしまったに決まっています。

こうして昭和40年の8月にダイヤペット1号車として発売になったのがプリンス・グロリア(ハチマキ)でした。力道山先生がお亡くなりになられてからの発売でした。ちなみにオリジナルの大盛屋のは昭和38年2月発売でした。つまり力道山先生存命中であります・・・・

左の2台が大盛屋で、右の2台がダイヤペットになります。
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全く同じに見えますが、ホイールやホワイトリボンの形状が微妙に違うのですな、参ったか!!!!!
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さらに大盛屋がすごいのは、この黒のグロリアはエラーモデルなのでした。エンジンが別体で作られてるのですが、この個体はグロリアのエンジンじゃなくって何とまあ日産セドリックのエンジンが積まれてしまっているのでした!!!
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昭和39年のとある日、大盛屋工場で入社半月のパートのオバさんが、東京オリンピックの中継を見ながら昼食を食べた後、満腹で寝ぼけてしまい間違って1ダースだけセドリックエンジン搭載グロリアを作っちゃいましたが、工場長に怒られるのが嫌でそのまま出荷してしまったのです・・・きっとそうに決まってます!!日産とプリンスが合併前に、このようなオシャレな悪戯をしてしまったオバさんは素晴らしいセンスの持ち主なのでした。


ということで今回はまだ話し足りないので次回に続きますのでお楽しみに!!
posted by ワイルドマン at 19:57 | ☁ | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

2010年01月09日

30年なんてあっという間、2040年も宜しくお願い致します!!

変態の皆様、明けましておめでとうございます。2010年もどうぞ宜しくお願い致します。

まったくついこの前、21世紀になったと思ったらあっという間に2010年ですね。本当に2000年なんてのは先月の事としか思えませんが、気がつけば10年も経っちゃいましたね???地デジ化まであと一年であります。しかし我が家のテレビは1997年製、いまだ買い替えずに使っております。だって壊れないんだもん???どうせテレビなんてあんまり見ないし、部屋でミニカー磨いていた方がよっぽど楽しいし、そんなもん買い替えるくらいなら大好きな国産アワビでも食べてた方がずっと良いのです。もしかしたら我が家のテレビには起爆装置が付いていて、来年地デジ化とともに爆発するかもしれませんが???

変態化し始めた中学生の頃からですね私のテレビ離れは進んでおりまして、クラスメートが夢中になっていたテレビ番組「ザ?ベストテン」や「西遊記」「夕日ヶ丘の総理大臣」などには目もくれず、6畳の部屋で王冠の裏にスーパーカーがプリントされていたコカ?コーラ片手に”Car Graphic”や”Auto Sport”誌、「月刊ミニチュアカー」誌等を読みふけっていた健全なる中学生でした。

そんなつい32年前の1978年の事ですが、この年は横浜スタジアムがオープンし、ヤクルトスワローズが恐怖の広岡監督の元、初の日本一に輝きましたね。そんな事はどうでもいいのです!!スーパーカーブームを落ち着きを見せ始めたついこの前の1978年にですね、少年Wildmanは一大決心したのであります。

1978年6月にいつもの本屋さんに行くとCar Graphicの最新刊が並んでおりました。その表紙を見た瞬間、健全なる変態少年に衝撃が走ったのでした、君の瞳は10000ボルトだぜ!!

「な、なに?この美しい車は、こんな車知らんぞ!!」と表紙に燦然と輝くブルーのスポーツカーに釘付けになりました?????

ミニカーで実車をお勉強し、ある程度旧車の知識も身に付け’60年代のフェラーリの車名も理解していたはずの少年マニアは自分の知らないその車を見てショックと感動を覚えたのでした。

「世の中に俺の知らないこんなにも美しいクルマがあったなんて???不覚だったぜ、反省だな」と激しい自己嫌悪に陥りました。これ以来クルマに関しては「実車よりもミニカー、運転やメカの勉強よりも自動車史が大切」と思い込み、クルマの楽しみ方は「歴史の研究とミニカーがメイン」と決めて2010年に至るわけであります。

目指せ、五十嵐平達先生!!

そんな変態に衝撃を与えたのは、このCar Graphic 1978年7月号の表紙を飾った美しすぎるクルマ「Pegaso Z-102B」なるものでした。
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ペ、ペガソってな〜に??どこの国のクルマ、変な名前」と分からない事だらけでした。さっそくカーグラの解説を読んでみるといろんな事がわかりました。アルファ・ロメオの技術者だったスペイン人のウィルフレド?リカルトなるなる人が1950年代に故郷に帰って設計?製作した超ド級のスーパーカーがペガソであるということ。「スペインは貧乏だ、だから世界の金持ちのために宝石を作らなければならないのだ」という変態的な信念のもとに製作されたのが高価で珍しい宝石のようなクルマ、それがペガソであるということ。グランプリカーのようなメカニズムを持ち、1953年当時、キャデラックが$13,000、ロールス?ロイスが$19,000だった頃、ペガソさんは$29,200という途方もないプライス?タグをぶら下げていたことなど、何はともあれとんでもないクルマだということが分かりました。顧客リストにはペロン大統領、イラン国王、ポルトガル大統領らが名を連ねていたのもうなずけます。エンジンも90°V8はカムギアトレインのDOHCで、ドライサンプのオイルは12リットルという大袈裟なメカニズムで、設計者リカルトが理想を求めてまともに運転出来ないような無茶苦茶なクルマを作りあげたことが伺えますね。だって1950年代の事なのですから????

「しかし、美しいなこの車は、日本にあるのかしら??」と思ったら、カーグラに出てるブルーのクルマそのものが日本にあるとの事でした。

K氏というヘビー級のマニアが1976年にスペインから持ち込んだ個体でたったの6000マイルしか走っていない超オリジナルな車輛でした。そんな凄いクルマがそれ以来ずっと日本に生息していたのですが、数年前売りに出されていました。雑誌広告に何とたったの3,000万円くらいで出ていましたが、不肖Wildmanはたったの3,000万円が用意出来ずに涙をのみました???だってその値段じゃ安いんですって、くだらないフェラーリを買うくらいなら絶対ペガソの方がいいんだって!!(自論)案の定、貴重なスペインの宝石は海外に流出してしまいました…残念。

それにしてもいつもミニカーで先に予習をしてから実車を覚えていたのにペガソだけは勉強出来なかったのが不思議でした。なんてことはない1978年当時まではまともなペガソのミニカーなんて出ておりませんでした?????実車のペガソをお持ちだったK氏はあるコレクターから「もし貴方が、どこかでペガソというクルマと巡り会う機会があったのなら、いかなる努力をしてでもそれを手に入れるべきだ」というアドバイスの元、実車のペガソを手に入れられたようです。

それならば変態としては「当時物オモチャのペガソをいかなる努力をしてでも手に入れて見せましょう」の信念の元、活動を始めました。するとですね1950年代のモーターマガジン誌に大先輩ミニカーコレクターA氏のコレクション記事を発見しました。その中にですね出てるじゃありませんかペガソのオモチャが!!それは1950年代に作られたアメリカのIDEAL社製のプラモデルでして、まさにカーグラに出てるあのZ-102Bと同じ形をしていました。
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「ウォー、ペガソだ、ペガソの当時物オモチャだ、これ欲しいぞ!!」と騒ぎ始めてからこのプラモを手に入れたのはそれから30年近くが経過してからでした???まあ30年なんてあっという間ですがね???

このグレーのがまさに50年以上前のIDEAL社製キットでありまして組み立て済になります。50年前に誰かが組み立てたのでしょうか???こっちのグリーンのが未組み立てのキットですが、IDEALの型を利用して6〜70年代に再生産された物になります。
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さらに研究してゆくと、60年代にスペインのAnguplasというブランドからHOスケールの超ちっちゃいプラスチック製のミニカー?が作られておりました。全長3センチ程の小粒なモデルですが、エンブレムまで刻印されている素敵なオモチャなのです。しかもカーグラのK氏の実車と同じようなブルー色!!素敵だぜ!!これだからミニカーはやめられませんな!!
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こうして実車とミニカーをじっくりと研究して行くと30年くらいあっという間なんですよね。

本当に???30年後、2040年の暖冬なお正月も、こうやってクルマとミニカーのお話をしていると思いますので宜しくお願い致します。
posted by ワイルドマン at 08:35 | ☀ | Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

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