この前のお休みの日に早朝ロケを敢行し、力道山先生の元を訪ねることにしました。
久々の東京巡業でしたが早起きして先生の所に行くのは全く苦になりませんでした。
まずはお江戸日本橋方面にGo!となりまして、誰も歩いていない早朝の人形町は久松警察署前の
大通りをトボトボとデジカメ片手に歩く変態が一人・・・
「大丈夫です、私は怪しいものではありません、ただのマニアです」とおまわりさんの前を通過する時、
心の中でつぶやいておりました。
そしてNTT茅場兜営業所に無事到着、今日は東京まで電話料金を支払いに来ました。
じゃなくってここなんですよ、先生がいらっしゃったのは!!!
そう、ついこの前の昭和30年7月8日にこの場所に「プロレスリング・センター」力道山道場が
完成したのであります、一度も見てないけど・・・・
当時のお金で総工費7500万円も掛けた5階建てのビルは道場のほかに合宿所、事務所、ニュース映画館、プロレステレビ中継用の観覧席も有るかなり豪華なビルなのでした。
そう、あのジャイアント馬場が巨人をクビになり大洋ホエールズ移籍もケガでプロ野球を断念、そしてプロレスに入門する為に訪れたのもこのプロレスリング・センターなのでした。
わが大洋に残っていればこの昭和35年は大洋ホエールズが初優勝した年だったのに・・・
でも力道山先生の弟子になったおかげで馬場さんはあのようなプロレスという新たな職に就けスーパー・スターになれましたね。
もはや元プロレスリング・センター周辺はビルばかりで当時の面影も無く、
まさかここに力道山道場が
あったなどとは誰も思わないでしょう・・・・・
そしてお次は渋谷に移動となりまして、渋谷駅の裏から道玄坂をトボトボと歩く時間のいたずらで力道山道場に入門出来なかったマニアが一人・・・・
朝早すぎてこんなに人が歩いてない渋谷は初めてです。
つい28年ほど前、生まれて初めて行ったディスコ(死語)もこの界隈でしたが、その時に履いて行った憧れのアメリカ製スニーカー「ナイキ・テラTC」はまだ持っています・・・どうでもいいですけど。
さて到着したのは坂道の途中にある総ガラス張りの「ヒューマックス渋谷ビル」であります。
でもこのビル自体には何の用事もないのです。しかしここは先生にとってとっても大事な
場所だったのです。
全くついこの前である昭和36年7月30日、この地に力道山先生の夢のプロレスの
殿堂が完成したのであります!!
その名も「リキ・スポーツパレス」という巨大な施設で当時
のお金でなんと15億円!!!を投じて作った物でした。地上9階地下一階、述べ2千坪
のビルは屋上をドーム場のデザインにしてっぺんには王冠が輝くという昭和趣味の豪華
絢爛デザインなのでした。
基本的にはプロレスのTV中継が出来る常設会場になっていて(2千人収容)力道山
道場とリキ・ボクシングジム、ボディービルジム、事務所も併設されていました。
さらに日本に入ったばかりのボーリング場、ビリヤード、スナックバー、レストラン、喫茶店、
チャームスクール等も入っていて極めつけは「リキ・トルコ」も入っていたのです・・・・
でもこれはムーンアイズ営業スタッフ松浦君の好きな○ープランドではなくて、
スチームサウナなのでした、安心して下さい。
まだ日本では珍しかったボーリングや建物内部のデザイン、会場内のスポンサー看板
設置等は力道山先生がアメリカで見て吸収してきた物で、それらを具現化してしまう
所はさすが先生なのでした。
プロレスを始めて10年、このとき力道山先生は36歳・・・凄過ぎます。
ピンストを始めて20年、このときワイルドマン45歳。・・・・変態過ぎます。
リキ・スポーツパレスは完成後、当時隆盛を極めるプロレスのメッカとして昭和の人たち
に親しまれ、ボクシングの試合や歌謡ショーなどにも使われ、力道山の城として渋谷の
街にそびえ立っていたのです。
しかし先生の死後、日本プロレスはこのビルを維持する事が出来なくなり、昭和41年
2月にリキ・スポーツパレスは売却されてしまい、以後キャバレーとして第二の人生を
歩む事になったのです。もちろん屋上の王冠ははずされてしまいました・・・・
そして建物が老朽化し、平成4年に先生の城は解体されてしまい、2年後に現在の
ヒューマックス渋谷ビルに建て替えられたのでした。サヨウナラ、リキ・パレス・・・・・
先生の死後46年が経過し、もはや力道山の足跡は殆ど残っていないのです。
しかし次回ブログは無理やりPart.2への展開となりますので心得ておくように。
昭和の終わり頃に
渋谷近辺を仕事で回っていた為
記念すべき建造物が其処にあるとも知らず
前の道路を確実に通行して居た訳です。
それも数十回も・・・
その際に私の角膜にリキパレスは
確実映っていた筈なのですが
どうしても思い出すことが出来ないのです。
悔しい・・・とても悔しい。
故に現存する写真が少ないリキパレスの
今回の画像のチョイスは素晴らしい!!
と感服致しました。
そんなある日家にあった本の中から
うんと小さいけど屋上に王冠をのせた
カラー写真のリキパレスの
雄姿を見つけました。
S42年ごろの本です。